2008年06月06日

「発明の対価」に関する一考察

青色LED(発光ダイオード)の中村修二教授の裁判で有名になった、職務発明(会社の従業員が仕事でした発明)の「発明の対価」の問題ですが、従来とは少し違う観点から書いてみたいと思います。

まず、基本的な知識として、問題の特許法35条を見たいのですが、ナマの条文をご覧になりたい方はこちら

乱暴に要約すると

1.従業員が特許を取った場合、会社はその技術を使う権利がある。
2.職務発明以外の発明について、会社のものにするという社内規定は無効である。(裏を返せば、職務発明については認められる)
3.会社のものにした場合、会社は従業員に「相当の対価」を支払わなければならない。
4.対価の算定方法やその決定プロセスは、不合理であってはならない。
5.算定方法や決定プロセスが決まっていない場合・不合理な場合は、会社側の利益や貢献度、従業員の処遇を考慮して、対価を決めなければならない。





青色LED事件やその他の類似の事件で代理人をつとめた升永弁護士が、この問題について書かれています。

○ 知財新時代に備えよ [ 第1回 | 第2回 ]
(全文の閲覧にはNBonlineへの無料登録が必要です)

他にも書いている方がいらっしゃいます。

○ 味の素発明対価訴訟、1億5000万円の支払いで和解成立

○ 松永氏によるゼミ:特許法・職務発明規定

(注)
こちらについては、一部誤解があります。
「特許を受ける権利」を会社に譲渡した場合に決定的に変わる点は、その後の特許出願書類の作成や、出願手続、登録料の納付、外国に出願する場合の書類の翻訳、他者にライセンスする場合はその交渉や契約書の作成などを、会社が行うということです。意外に見過ごされていることが多いですが、なかなかばかにできない負担ですので、会社に譲渡しなかった場合に全て自分で行うことを考えれば、「社内規則の決め得」というわけではありません。
「黙示の合意」に関するくだりについても、これは青色LED事件の東京地裁中間判決のことを指しているのだと思いますが、現に他の職務発明と同様に譲渡後の面倒な手続や負担をすべて会社に任せたわけですから、裁判所も「譲渡したのだろう」という「黙示の合意」を認めざるを得ないでしょう。
ちなみに判決文を読むとわかるように、本件は個別の譲渡契約について「黙示の合意」を認めたもので、社内規則について認めたわけではありません。実務上も社内規則だけではなく個別契約で発明届出書類に署名なり記名押印なりをもらうのが一般的です。

○ 青色ダイオード職務発明対価請求事件 和解成立

○ 巨額の発明対価は技術者の為になるのか? -- 発明以外の貢献が軽視されることに

○ 【最高裁】外国の特許を受ける権利の譲渡




さて、私が書きたいのは、対価の金額が多いか少ないかということではなくて、立法の問題として、そもそもこの特許法35条の内容が特許法に組み込まれていること自体、適切なのか?ということです。

この問題点が噴出したのが、日立の光ディスク読み取り技術に関する訴訟だったと思います。この事件の特徴は、対象範囲に外国の特許も含んでいる点にあり、東京地裁以外(東京高裁・最高裁)のいずれにおいても、外国特許分を含めることを認めました。

○ 日立製作所元社員の“発明の対価”請求事件(東京高裁)

特許法35条は、いわゆる労働法の一部であると解すべきであるから、使用者と従業員発明者との間の法律関係については、強行法規である日本国の労働法に相当する特許法35条が適用されるべきであって、そこに諸外国の法律を適用する余地はない。特許法35条を職務発明に係る外国の特許を受ける権利に適用できないとする原判決の判断には、我が国の国益に反する重大な法解釈の誤りがある。


特許を受ける権利は、日本の特許庁への出願がその移転の対抗要件であると規定され(特許法34条1項)、特許出願後のその承継については、特許庁長官へ届け出なければならないと規定されている(同条4、5項)からといって、特許法35条の「特許を受ける権利」が日本国特許を受ける権利のみを意味することになるわけのものではない。いわゆる労働法の一部を構成すると解されている特許法35条における「特許を受ける権利」の意義と、そうではない同法34条における「特許を受ける権利」の意義とを全く同義に解さなければならない合理的理由はないからである。


国際的な枠組みの中では、いわゆる「パリ条約」の中で、各国の特許制度について「独立の原則」(「属地主義」と表現する方もいます)というものが設けられています。これはつまり、日本で成立した特許とアメリカで成立した特許は完全な別物で、たまたま同じ名前が付けられているだけであって、何の関係も連動もしないということです。そのため、日本の特許については日本法に、外国の特許については各国の法律に従わなければなりません。
(この「独立の原則」を修正しようというのが、いわゆる「世界特許」への動きです)

すると、外国の特許についてまで、日本国特許法35条を適用することは、この原則に反することになります。「しかし35条は違うのだ」というのが、判決の引用部分に書かれていることです。
つまり特許法35条は「労働法の一部を構成する」ので、日本の労働法が適用される範囲には適用されるのだ、というのが東京高裁の判断の根拠です。

しかし、「独立の原則」がある以上、日本の特許法が日本の特許のみを前提として書かれているのはあきらかです。35条の「特許を受ける権利」という用語についても、他の条文でもこの言葉は出てきますので、35条の都合で勝手に対象範囲を広げてしまうと、他の条項で問題が出てきます。それについては「35条の『特許を受ける権利』と他の条文の『特許を受ける権利』の意味が違っていてもいいじゃないか」という、開き直りにも似たアクロバチックな解釈で乗り切ろうと図っていますが、「独立の原則」との問題を解決していないことには変わりはありません。

特許法35条が「労働法の一部を構成する」というのは私も賛成です。ですが、この規定が特許制度の中に組み込まれている状態で、解釈だけで何とかしようというのは、やはり無理があると思います。裁判官は法律に従って判断しなければいけませんので、判決ではやむを得ないことですが。

この問題は、特許法ではなく労働法の中で処理されるべきです。
特許法は、一部の先端技術に限定して、政策的見地から価値を認め保護・利用する法律です。例えば数年前までは、原子力技術というのは、政策的都合で特許の対象として認めていませんでした。また、会社都合で特許出願しないような場合も多いですし、現実問題として書類の書き方ひとつで特許になったりならなかったりもするわけです。あの青色LEDの特許ですら、特許庁の審査では×を出されそうになって、権利範囲を削りに削ってやっと特許にしたということですから、200億も一歩間違えば特許になっていなかったかもしれないのです。

「労働法の一部を構成する」と言いながら、そもそも範囲が限定的な特許と連動させるというのは、「労働者保護」としては不十分だと言わざるを得ないでしょう。

特許法35条はもうやめて、労働法の中で、労働条件の一つとして、会社に特別な貢献(特許と連動させない)があった場合の取り扱いを入社前に開示するよう義務付けるというのが、簡単ですっきりする解決方法ではないかと思います。特許法35条をやめると会社と従業員との契約の問題になるので、「会社と個人では力の差が・・・」と心配する意見もありますが、それは一般従業員の給料も事情は同じなので、もしそうだとしたら、それはむしろ労働法の問題でしょう。

アメリカは私の考えに近くて、特許法35条のような職務発明規定がなく、全て個別の契約にゆだねていますが、筋が通っているし、ある意味で賢いと思います。

at 2006-11-26 22:20:37





【2008/06/06追記】

○ 「職務発明」に該当しないケース

5/23放送のドラマ「秘書のカガミ」で、「研究開発部門以外の従業員のアイデアがベースになっている発明は職務発明には該当しない」旨の台詞がありましたが、この辺の判断はもう少し慎重にする必要があります。

「特許法35条2項に該当するケースである」ということを言いたかったのかもしれませんが、そもそも特許法35条は、従業員と会社の双方の貢献度を考慮して利害のバランスを取る趣旨であり、青色LED事件の東京地裁中間判決においても、「業務命令に反してされた発明だから、職務発明に該当しない」旨の原告の主張については、発明に当たって会社のリソース(設備や工数)を利用したことを会社側の貢献と捉え、職務発明に該当する旨の判断をしています。

番組中では、この点について詳細は確認できませんでしたが、研究開発が社長の業務指示で行われ、研究開発部門の従業員が深く関与しており、また進捗を社長に報告しているなど、会社のリソース(当然、発明者本人の業務時間内の工数も含まれます)を利用している可能性が高いのではないかと考えられます。

仮に職務発明に該当しないとなると、従業員の職務専念義務や秘密保持義務、発明の新規性喪失など、別の面で問題が生じることも考えられます。職務発明の場合は、発明者側で特許出願を行ったとしても、35条1項により会社側には最低限、通常実施権(法定通常実施権)が留保されることになります。

つまり、特に会社の業務範囲内の発明(「業務発明」といいます)の場合は、社外で純粋に趣味で行った発明でなければ、職務発明に該当しない旨の主張が認められる可能性は低いと考えられます。業務指示の有無や専門部署以外の従業員の貢献などの諸事情は、職務発明に該当することを前提とした上で、あくまで貢献度(報奨金)の算定において考慮されるべき事項である、というのが現行法の考え方になります。

「弁護士並みの法律知識を身に付けたスーパー秘書」との設定だそうですが、残念でした。
posted by JUN at 02:07| Comment(0) | TrackBack(1) | 知的財産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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