2012年10月08日

「てんかん訴訟」の企業責任と健康情報の取扱い

2008年に横浜でトラック運転手が業務中の「てんかん」の発作により中学生をはねた死亡事故に関して、被害者の遺族が運転手とその勤務先を訴えていた民事訴訟で、2011年10月に横浜地裁は、運転手・会社ともに責任を認め、損害賠償を命じる判決を出しました。
http://www.47news.jp/CN/201110/CN2011101801000458.html


会社の責任は、民法715条の「使用者責任」(従業員の不法行為についての会社の責任)を根拠としています。

民法715条(使用者等の責任)
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2  使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3  前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。


てんかんによる事故というと、免許制度との関連で取り上げられることが多いと思いますが、今回は業務中の事故の会社側の責任に着目し、実務担当者としての対応を考えてみたいと思います。

今回のてんかんを例に、被害者側から見た会社側の責任関係を整理すると、

@従業員の発作により、自損事故など本人に害があった場合は「安全(健康)配慮義務違反」
A従業員の発作により、他人(通りがかりの人や他の従業員)に害があった場合は「使用者責任」

・・・の問題となります。

横浜の事件では、会社の経営者(運転手の父でもある)は、裁判で「てんかんとは知らなかった」と主張しており、この点を裁判所がどう判断したのか不明ですが、本当に知らなかった場合、

@安全配慮義務の基準は「予見可能性」(=知らなければ免責)のため、免責の可能性が高い
A使用者責任は会社の過失がなくても免責されない傾向があり(事実上の無過失責任)、会社が知らなくても免責の可能性は低い


・・・という具合に、事故の被害者が本人か第三者かにより、会社側の責任の取り扱いに差が出ることが考えられます。これは、てんかんに限らず、業務中に本人・他人に害を及ぼす危険性のある、あらゆる障害・病気について同様です。

条文上、一応「相当の注意をしたとき」「相当の注意をしても損害が生ずべきであったとき」という免責の規定がありますが、「事実上の無過失責任」と言われる実務の中で実際どの程度認められるかが注目されます。

他方、これらの問題は、従業員個人の健康状態に関するプライバシー保護とはトレードオフの関係にあり、会社側は、法定健診で得られる情報以外では、本人の了解なく従業員個人の健康情報を得ることは出来ません。これについては以下の判例があります。

○ 東京都(警察学校・警察病院HIV検査)事件
・・・個人がHIVに感染しているという事実は、一般人の感受性を基準として、他者に知られたくない私的事柄に属するものといえ、人権保護の見地から、本人の意思に反してその情報を取得することは、原則として、個人のプライバシーを侵害する違法な行為というべきである・・・


○ B金融公庫(B型肝炎ウイルス感染検査)事件
・・・B型肝炎ウイルスが血液中に常在するキャリアであることは、他人にみだりに知られたくない情報であるというべきであるから、本人の同意なしにその情報を取得されない権利は、プライバシー権として保護されるべきであるということができる・・・


横浜の事件は、使用者が(常識的に本人とある程度プライバシーを共有していると推測される)実父であり、「知らなかった」という弁明の信憑性は微妙なところもある一般化できないケースですが、上記の判例の考え方に照らせば、一般にコンプライアンスに熱心な会社ほど、従業員のプライバシーに配慮するがゆえに、本当に病気のことを知らないで、雇用し、本人や第三者を危険に晒すおそれのある作業に従事させる、といったケースが多くなることも考えられます。

つまり現行の法令・判例では「リスクを知ることもできないまま、結果の責任だけを負わされる」ということになり、他人に害があったケースで会社が免責となるのは、現実は不可能に近いということになりますが、リスク管理の観点からは、合法的に得られる健診や本人申告の健康情報に敏感になることと、業務への配慮にあたり、本人のみならず周囲の安全確保も重要であることを、あらためて確認する必要がありそうです。
posted by JUN at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 労働安全衛生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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