2012年10月19日

行政機関を経由した企業の秘密情報漏出リスク

今回は、何かと地味な存在の、行政法の話題です。

事業者には、いろいろな法律で行政への書類の提出が義務付けられますが、中には知的財産・ノウハウやセキュリティの面から企業の秘密情報と思われるような内容を含むこともあります。

しかしこれらの書類は、行政への提出後は、情報公開法上は「行政文書」として扱われ、第三者から開示請求を受けた場合に開示される可能性があります。

○ 行政機関の保有する情報の公開に関する法律(情報公開法)
第二条(定義)
2  この法律において「行政文書」とは、行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画及び電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録をいう。以下同じ。)であって、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているものをいう。

第五条(行政文書の開示義務)
行政機関の長は、開示請求があったときは、開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き、開示請求者に対し、当該行政文書を開示しなければならない
一  個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより、特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)又は特定の個人を識別することはできないが、公にすることにより、なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。
(中略)
二  法人その他の団体(国、独立行政法人等、地方公共団体及び地方独立行政法人を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、次に掲げるもの。ただし、人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、公にすることが必要であると認められる情報を除く。
イ 公にすることにより、当該法人等又は当該個人の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの
ロ 行政機関の要請を受けて、公にしないとの条件で任意に提供されたものであって、法人等又は個人における通例として公にしないこととされているものその他の当該条件を付することが当該情報の性質、当時の状況等に照らして合理的であると認められるもの


情報公開法というものの性格上、個人情報か、競争上の不利益があるか、などの限られた例外を除き、原則として請求があれば開示されることになります。問題がある部分を含む場合は、その部分を伏せた上で開示されます。

第三者からこのような行政文書の開示請求があった場合、行政は通常、書類を提出した事業者に開示についての意見を求めた上で、開示の是非について判断します。ただし開示請求者や請求理由については、企業側に伝えられることはないため、競合や交渉相手、暴力団やテロなどの反社会的勢力にも流れるおそれがあります。

問題は、不開示判断がされる可能性が、実際どの程度見込みがあるのかということですが、省エネ法の定期報告を不開示とした行政処分の是非が争点となった名古屋の事件について、判断の変遷を見たいと思います。ちなみに省エネ法の定期報告では、エネルギー関係設備の情報や、事業の命綱でありかつコストが推計されるおそれがあるエネルギー使用状況(内訳)に関する情報を含むことがあります。


○ [2006/10/05] 名古屋地裁 平成17(行ウ)37
 → 不開示処分の取消 (開示)
 ※省略


○ [2007/11/15] 名古屋高裁 平成18(行コ)34
 → 控訴棄却 (開示)
法5条2号イにいう「おそれ」があるとするためには,当該法人や処分庁の主観的な危惧感だけでは足りず,競争上の地位その他の正当な利益が害される蓋然性があると客観的に認められることが必要である。このように解さなければ,(中略)行政文書について原則的な開示を義務付け,不開示情報を例外的なものとして位置付けた法の趣旨が没却されることになるからである。そして,本件における不開示理由として,本件数値情報が公表されると,製品当たりの製造コストの推計が可能になることが挙げられているが(甲1),これが単なる主観的な危惧感にすぎないのか,それとも,正当な利益が害される蓋然性があることが客観的に裏付けられているのかを峻別する必要があり,その際の考慮要素の一つとして,推計の精度の程度を検討することには,前示(原判決書26頁5行目から同頁9行目まで)の情報公開訴訟の特質を考慮してもなお,十分な合理性があるといえる

一般に公表されている資料(各種統計資料,有価証券報告書その他)と本件数値情報を用いて,
@本件数値情報とその他の情報から工場全体のエネルギーコストを推計し,
A上記@で推計した工場全体のエネルギーコストとその他の情報から製品当たりのエネルギーコストを推計し,
B上記Aで推計した製品当たりのエネルギーコストとその他の情報から製造原価を推計する
というものであるが,外部の者が上記推計に必要な情報のすべてを入手できるわけではなく,その一部については,上記資料から別途に推測した結果を用いるよりほかないため,さらに推計の過程を重ねることになり,全体として推計の精度は,さほど高いものになるとはいえないというのである。そうすると,上記証拠(乙21,23,24,29)の信用性については,慎重な判断を要するというべきであり,これをたやすく採用することはできない。

<ポイント>
・開示により不利益を被るという客観的な「蓋然性」(確実性の程度)がなければ、法の原則どおり開示すべきである。
・本件請求を受けた事業者の大多数が開示に応じたため、影響の程度は小さいと考えられる。
・蓋然性の客観的判断に、製造コストの推計の精度を考慮することは、合理性がある。
・本件では、推計の精度は高くなく、不利益の「おそれ」があるとはいえないので、開示すべきである。


○ [2011/10/14] 最高裁 平成20(行ヒ)67
 → 原判決破棄 (不開示)
本件各事業者はより不利な条件の下での事業上の競争や価格交渉等を強いられ,このような不利な状況に置かれることによって本件各事業者の競争上の地位その他正当な利益が害される蓋然性が客観的に認められるものというべきである。原審は,前記4のとおり,本件数値情報による推計の精度の程度を主な理由として,本件数値情報は情報公開法5条2号イ所定の不開示情報に当たらないというが,上記の諸事情に照らせば,その精度の程度等をもって,本件数値情報の開示によって本件各事業者が上記のように事業上の競争や価格交渉等において不利な状況に置かれる蓋然性の有無の判断が左右されるものではないというべきである。

<ポイント>
・省エネ法と類似の温暖化対策推進法では、より不利益の危険度が低い情報も、事業者の権利利益への配慮から開示を制限している。
・省エネ法の定期報告制度の趣旨(国が把握して指示等を行うためのもので、開示の重要度は高くない)を考慮する必要がある。
・本件情報は総合的に見て競合や取引相手に有益であり、開示による競争上の不利益の蓋然性が客観的に認められる。
・蓋然性の判断は、推計の精度で左右されるものではない。


有斐閣「環境法判例百選」(2011年10月改訂)では、本件の名古屋高裁判決が取り上げられており、改訂版発行のタイミングの関係で、その後に高裁判決を覆した最高裁判決について言及がないため、この書籍を実務の参考にする場合は、注意が必要です。


最終的に、最高裁は不開示の行政処分を支持しました。

なぜ最高裁だけ異なる結論となったか、一言でまとめることは難しいですが、下級審では、5条2号イの解釈において、不利益の「蓋然性」の判断で推計の精度を考慮したのに対し、最高裁は推計の精度には目もくれず、開示の社会的メリットとそれにより事業者が被る不利益とのバランスに着目しています。
情報公開法 第一条(目的)
この法律は、国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする

情報公開法の目的は「公正で民主的な行政の推進に資すること」にありますので、凡そその目的に関係しないものは、むやみに開示の原則に拘らず、5条の規定に従って粛々と不開示判断をすべきではあります。

しかしそもそも、事業者が法律に従って提出する書類に、一般に国民主権や行政の推進に関わる内容が含まれるとは考えにくいので、温暖化対策推進法のように個別の法律で開示を制限するのも結構ですが、情報公開法で他者の情報まで行政文書扱いにすることについても、見直しが検討されるべきと考えます。

何より、企業の実務者は、このリスクをよく認識しておくべきでしょう。

at 2012-10-16 03:04:50





【2012/10/19追記】

○ 開示請求側弁護士の論文

本件訴訟の最高裁で、開示請求人側で関与された鈴木哲郎弁護士が、名古屋大学法科大学院の名古屋ロー・レビューに、本件についての論文を投稿されています。

地球温暖化に関する個別企業情報の不開示処分取消訴訟-最高裁判決をめぐって(鈴木哲郎)

お立場がお立場なので、最高裁判決に納得がいかないという内容は当然ではありますが。

省エネ法に権利利益保護規定が無い以上、情報公開法の趣旨に従って判断されるべき、という意見には賛成しますが、そうであれば当然、不開示規定の解釈には、第1条の法目的も趣旨の最たるものとして加味されるべきでしょう。

当該情報の温暖化対策への有用性については、もはや情報公開法の趣旨から逸脱した内容で、ここではあまり意味のない話かと思いますが、行政のように具体的な対策に踏み込んで勧告・命令をする必要があるならともかく、純粋に温暖化対策の研究だけに使うなら集計結果があればよく、企業毎・工場毎の情報は必要ではないでしょう。目的に必要なレベル以上の情報を欲しがるのは、何らかの悪用の意図を疑われても仕方がないのではないでしょうか。

また「多くの事業者が開示に反対していない=開示しても問題ないはず」といった論調は、下級審判決でも見られましたが、「みんなが泣き寝入りしている=保護の必要のない権利だ」ということになれば、法律も存在意義を失うことになるでしょう。一般的に企業法務が行政法に対してあまりに無防備である(だから泣き寝入りが増える)ということに関しては、また別に言いたいことがありますが。

そもそも省エネ法で報告している情報がクリティカルすぎる(場合によっては従業員の生命・生活基盤を危険に晒しかねない)のに、公開を制限したり、開示/非開示を区別したりする制度を持っていないのが問題ですが、個別に出すと問題がある部分は経産省が集計して出すなど、利益を両立する方法はあるはずですので、国の施策に協力している企業がこういう形でトラブルに巻き込まれるようなことにないようにしていただきたいものです。
posted by JUN at 03:04| Comment(0) | TrackBack(0) | └ 行政法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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